ぶろぐろじん

懐メロのこと、その他日常の出来事などつぶやきたい時に発信して行きたいと思います。
売布神社
昨日の血糖値が254ととんでもない数値、昼はウクレレ教室でガストの日替わり弁当(メンチカツ、ハンバーグ、レンコン天ぷら)と夜は自宅でまたメンチカツがカロリーの取りすぎで悪かったのか。
それで今日は数値を下げるため歩かなくてはならず、中山観音から歩き始めて巡礼街道の途中にある売布神社に参拝した、阪急売布神社駅は何回も通過したし、以前コープのウクレレ教室が駅前にあったので通っていたこともあるが神社は一回も見たことが無かった、参拝者は自分と偶然居合わせた女性の2人のみ、女性が写真を取ってくれと言うのでスマホでパチリ。
その後、巡礼街道を清荒神に向かって歩いていると橋本関雪別邸と言う立札がある場所に行きついた、大木が生い茂って薄暗い広大な屋敷で、ぐるりを高い塀に囲まれていて中を見ることができない、何とかして見ようとぐるりを歩いてやっと見つけたあばら屋をパチリ、建物は荒れ果てて今にも崩れそう、三重の塔だけがまだ崩れずに辛うじて立っていた。
橋本関雪って誰だろう、あちこちに別邸を持っていたらしいから凄い金持ちか、調べて見ると日本画家のようだ、大正・昭和期の画壇において中心的人物の一人で、京都に白沙村荘と言う邸宅を構えその広さは10000平方メートルと言うから壮大なもの、橋本関雪記念館として見学できるようだから何時か行ってみよう。
清荒神駅では電車に乗らずに京伏見街道をそのままJR宝塚駅まで歩いて今日の散歩はおしまい。
本日の歩数は犬の散歩と合わせて20000歩。

売布神社


橋本関雪別邸


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やっと撮れた
我が家の5歳になる犬、名前は「MAAYA」1歳の頃に写真を撮った時、ピカッと光るのが怖かったのか、それ以降カメラを向けただけで逃げ回って撮らしてくれない、最近やっと撮れた1枚、結構な美犬に映った、飼い主に似ず足長で腰はキュットしまってスタイルが良い、飼い主の欲目か。


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木枯らし1号
昨日は北海道に雪が降り、東京、大阪には木枯らし1号が吹いた。
このところ庭の植木の落葉が道にたくさん散るので毎日掃除しているが昨日は風が遠くに吹き飛ばしてのか掃除の必要が無かった。
夜はさすがに冷える、こらえきれず炬燵を出して来た、仕舞忘れていた扇風機は物置にしまった。
いよいよ冬支度、またあっと言う間に今年も暮れる。

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江戸切絵図
以前のNHKのブラタモリはタモリが東京の江戸探しをする番組だったが、その中でタモリは江戸切絵図ファンだと言っていた、自分も江戸切絵図が好きで現在の東京は無案内だが江戸切絵図の中であれば名所旧跡を歩くことができる。
その江戸切絵図の版元は尾張屋(金鱗堂)、近江屋、平野屋、吉文字屋とあるが、尾張屋は豪華絢爛で他の追従を許さないものがある。
切絵図に名前が載っているのは武家屋敷と神社仏閣のみで庶民はお呼びでない、しかし尾張屋はチャッカリ番町大絵図に「切エヅ版元金鱗トウ」と店の名前を刷り込んでいる。
そもそも切絵図が世に出た由縁はと言うと、武家屋敷には表札など無いので旗本に賄賂を持って行く商人が毎日毎日近江屋が店を開けると同時に尋ねにくるので商売にならないので案内地図を売り出せば尋ねる回数も少なくなるだろうと発行に至ったと言うこと。
後々江戸の観光ガイドマップとして大変重宝され地方の武家が江戸土産として全国に持ち帰った。
江戸切絵図は現在の地図と比べ見ずらいことがある、それはお城を下にしては恐れ多いので常にお城が上になっていて実際の方向とは違い感が狂ってしまう。
自分は時代小説を読む時この江戸切絵図を見ながら読むと場面がとても解り易いので大変重宝する。

東都番町大絵図
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多武峰
今日は多武峰の談山神社に行って来た、初めて知ったのだがこの神社は藤原鎌足を祭ったお宮らしい。
毎年のように紅葉の季節になると蹴鞠の会が催されるのでテレビでこの神社が紹介される、その時に映された参道には土産物屋が並び賑やかそうだったが実際見て見ると2軒だけで、ひっそりしたものであった。
着いたのが食事時だったので土産物屋でうどんを食うか迷って、結局多武峰ホテルで1200円のカレーライスを食べた、広い食堂に客は我々夫婦2人のみ。
神社の拝殿は中が見学でき、教科書で見る中大兄皇子と藤原鎌足が蘇我入鹿を打ち取る場面の絵巻(江戸期の模写されたもの)が展示されていた。
また藤原鎌足とは全く関係ない唯一の展示物が幕末の吉村寅太郎率いる天誅組の一員、土佐藩士楠目清馬の付けていた鎖網頭巾が展示されている、楠目清馬は十津川を逃れて多武峰に隠れたが倉橋に来た時、発見され自刃したと言う、そしてこの地に墓が建てられている。

拝殿の下にある恋神社は鎌足の妻である鏡王女が祭られ、「むすびの岩座」をなでると恋が成就するとのこと。

参拝の最後に神社の裏山で中大兄皇子と藤原鎌足が蘇我入鹿を打ち取る相談をしたと言う談い山(かたらいやま)と藤原鎌足の墓所の御破裂山に登った、20分となっていたが山の頂上まで結構きつい山登りをした。

武峰ホテルより十三重の塔を望む


拝殿の軒廊下吊り灯篭

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上海リル
ボイトレの先生に上海リルの英語の歌詞を見せると、ぜひ英語でやりましょうと言われた、この英語の歌詞は米映画「Footlight Parade」の字幕を書き出したもので、英語で唄うには相当練習が必要でまたまた厄介だ。

Shanghai Lil

I've covered every little highway
And I've been climbing every hill
I've been looking high and I've been looking low
Looking for my Shanghai Lil
The stars that hang high over Shanghai
Bring back the memory of a thrill
I've been looking high and I've been looking low
Looking for my Shanghai Lil
I learnt to love her
The little devil was just a butterfly
But you discover something on the level
Shaning in her eyes
Oh I've been trying to forget her
But what the use? I never will
I've been looking high and I've been looking low
Looking for my Shanghai Lil
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帰省
8月末の母の法事依頼、彼岸も帰らずやっと昨日墓参りの帰省をして来た、往復4時間の日帰りは少々きつい、今回は日差しもやわらいだので犬も一緒、最初に連れて帰った時は車酔いして途中で座席にゲロをしたが、それ以降は馴れたのか車酔いしなくなった。
墓の草取りにおうじょうして2年前に防草シートを敷き詰めたので楽になったが防草シートは対応年数が5年なので3年後にはやりなおさなくてはならない、地元に管理する人がいなくなると墓も家屋も維持が大変、この先どうなるのだろう。
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堪能
今日神戸ジャズストリートに出かけて来た、11時前に阪急三ノ宮駅に着いて、北側にまわるとパレードの楽団が出発前、出発を見送って当日チケット4500円也を購入し神戸俱楽部を目指す、結構歩いて神戸俱楽部で「キャッスルジャズバンド」によるディキーランドジャズを聴く、メンバーが以前と少し変わっていたが40分間堪能した、続いて歩いて5分の神戸女子大で「ザ・フィールジャズオーケストラ」のデューク・エリントンナンバーを聴いた、最後は北野工房で「北村英治カルテット」彼は御年86歳、まだまだかくしゃくとしてそんなに高齢とは思えない、おしゃべりを交えてにこやかに演奏するスタンダードナンバーのスイング感に酔いしれた。
チケットは少々高かったが北村英治が見れたので良しとするか。



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へー!
「烏は鼻を突く鼠は目を突く」
今朝4時台のテレビで若手の藁ぶき職人を取り上げた番組を見た、藁ぶき屋根は主に茅を材料にする訳だが、屋根の上部の方は丈が短くなる、すると烏が巣の材料に丁度良いので抜いて行くらしい、そこで杉の葉を上に被せて置く、杉の尖った葉が藁を引き抜こうとする烏の鼻を突く、烏は痛いので抜くのを諦める、鼠は棘が目の位置に当たる、先人の職人技と共にこう言った知恵が伝承されている。
へー!なるほど。
私の実家も小学生の頃までは草葺き屋根だった、屋根の葺き替えを一度見たが職人が鼻の穴まで真っ黒になりながら葺いていたのを思い出す、草葺き屋根は我が家が集落で最後の一軒なったが、やがて屋根職人も居なくなり、何時の間にか瓦屋根に変わっていた、母親から聞いた話で草葺き屋根の頃、国道を通る車から降りて来て写真を撮らせてくれと言われたことが幾度かあったそうだ。
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TPPと著作権
TPP合意で著作権が70年に延長されるようです、70年となると私がホームページで公開しているMIDI音源は全て削除しなくてはならないのかと言うと、そうなると憲法39条に違反することになり、そうはならないようです。
考えて見ればパブリックドメインの音源は既にたくさん商品化され安価で発売されているので、いまさら値段を高くはできないだろう。
ちょっとややこしいのが来年没後50年に達する「上原げんと」はどうなるのだろう。

http://www.techvisor.jp/blog/archives/4814
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上海リル
上海リルは1933年米映画「Footlight Parade」の中で唄われた、主演はジェームズ・キャグニーでミュージカル仕立ての映画。
日本ではディック・ミネ、川畑文子、江戸川蘭子らによってレコード吹き込みされている。
現在通っているボイトレ教室で今年はじめて発表会をすることになり、生徒ひとり当たり2曲唄うことになった、自分は得意の懐メロででは場違いになり、そう言うわけにも行かず、ジャズ分野の中から、この「上海リル」と「朝日のようにさわやかに」を選択した、上海リルは日本語で歌詞も短いので比較的楽であるが「朝日のようにさわやかに」の方は英語で中々骨が折れる、日本語の曲は音符1つに対して1文字が多いが英語の場合は長いスペルになる場合が多くて、日本語の曲に馴れたものに取っては歌いづらい。
兎に角躓かないよう譜面を見ないで唄えるようにしなくてはならない。
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中山奥の院
先日多田銀山で多く歩いたので、血糖値が一時100以下になったが又100を超えて来た、水曜日には病院の検査日なので落とさなくてはと、中山寺奥の院へ行って来た、妻は武庫川大で講座なので今日は一人、中山観音駅のコンビニでおにぎり2個とお茶を買って奥の院を目指す、丁度12時に奥の院に着いた、数人の登山客がいて中には昼食中、自分もおにぎりをほおばり腹ごしらえ、下りは清荒神駅に降りてここまで28000歩、帰ってから犬の散歩があるので今日も30000歩になる、清荒神参道の土産屋で固焼きせんべい1000円を買った。
かかりつけの病院は指導員が付いているので月平均10000歩のノルマがある、今月は台風で歩数の少ない日があったので帳尻を合わせることが出来たようだ。
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ボランティア
今日はウクレレ教室に依頼があったデイサービス施設を全員で訪問した。
メンバーはウクレレ5人とオカリナ、ピアノ、中にパントマイムも交えて1時間の演奏を無事終了した。
「別れの磯千鳥」の説明の時、近江俊郎と言う歌手を知っているかと尋ねたところ反応無し、それなら古賀政男の「湯の町エレジー」を知っているかも反応なし、そのくせ「リンゴの木の下で」の時、ディックミネが唄ったと説明したら、ひとりの利用者が「ベティ稲田を知っている」だと、一体どうなっているんだ! 我々の懐メロ会員でも殆ど知らない歌手を、ベティ稲田はディックミネの紹介でテイチクに入社した歌手でバッキー白片の曲を多く歌っているので、巷のハワイアンバンドのメンバーで年寄りなら少しは知っているかも知れないが。
ディックミネとベティ稲田の仲は公然の秘密なのに、その人は「二人が結婚していた」と言う、巷にはそう伝えられていたのか、ディックミネはプレーボーイで結婚も4回くらいしている、結婚しないで子供が名乗り出ているのも幾人か。
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多田銀山
今日で9月も最終日、昨日は快晴だったが今日は薄日がさす天気、木曜日から天気が崩れる予報なので、晴れてるうちに以前から行ってみたかった猪名川町の多田銀山へ行くことにした。
何時乗ったのか記憶が薄い能勢電に乗り日生中央駅で下車、着いたのが11時半でサピエの中の中華屋で四川ラーメンの昼食を済ませいざ出発。
ところが歩き始めてまもなく公園のあたりで道を間違えて、住宅街に迷い込み塗装作業中の人に尋ねると、間違っているから元の公園の位置に戻れと言うこと、500メートルほどバックしなくてはならないはめに。
そんなかんなで予定より遅れて、多田銀銅山悠久の館に到着、少し休憩してまず青木間歩を見学、入り口に安全の為ヘルメットを装着とあるのでかぶろうとすると妻が「キャー」と大声、ヘルメットの中に大きな蜘蛛が、払い落したが気持ち悪いので結局かぶらず、ここは照明も有り中を見学できる、生野銀山坑道よりは短いが、頭を打たないよう気を付けて先端まで行くことができた。
ここから台所間歩を目指して歩いていると、久徳寺の跡と山中鹿之助一族の墓所と書かれている場所に出くわした、杉の木が鬱蒼としていて寺院は跡かたも無いが墓のような石塔がかいま見れる、確か山中鹿之助は岡山県高梁市のあたりで殺されたはず、それ以前に住んでいた場所なのか、台所間歩は銀が豊富に採掘され豊臣家の台所を潤し、喜んだ豊臣秀吉が馬上のまま入ったと言うから大きい、しかし中を見学することは禁止されている。
空模様があやしくなってきたので戻ることにした、銀山口からバスで川西バスターミナルまで、楽にかえることができた。
5時間超歩きどうしで老体にはこたえたが30000歩を達成した。

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