ぶろぐろじん

懐メロのこと、その他日常の出来事などつぶやきたい時に発信して行きたいと思います。
パクリ
博多人形 MAC S32.3 村田吉三郎作詞 八代憲信作曲
この曲はマーキュリーレコードの大島千鶴と言うマイナー歌手のデビュー曲だが、メロデイは戦前ポリドールレコードにて倉若晴生が作曲した北廉太郎の「伊豆の故郷」のパクリ、前奏は丸パクリ、メロデイも最初の方はそっくり後はさすがに変えている。
戦前のタイヘイレコードはパクリの前歴が有り、一連の「酒は涙よ溜息よ」「赤城颪の子守歌」などのパクリ曲、「酒は涙か溜息か」をパクッた服部良一は会社の命令とは言え後々大変恐縮している、タイヘイからマーキュリーに社名変更して、まさか戦後の32年にそれをやるとは。
八代憲信は倉若晴生の変名なら納得行くが、倉若晴生は32年当時はテイチク専属で有り得ないだろう。
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銃後の赤誠
動員令   S12.8 1780 楠木繁夫 島田磐也 古賀政男
軍国の母  S12.8 1780 美ち奴  島田磐也 古賀政男
銃後の赤誠 S12.9 1855 奥田英子 島田磐也 古賀政男
国家総動員 S12.9 1855 藤山一郎 島田磐也 古賀政男

軍国の母/動員令は昭和12年08月封切りの日活映画「銃後の赤誠」の主題歌となっているが1カ月後に発売された国家総動員/銃後の赤誠もこの映画の主題歌だろうか?
軍国の母は美ち奴の大ヒット曲となるが1カ月後にはもうヒットしてたのだろうか、それなら柳の下の泥鰌であやかったということもできるが、どうにも1カ月ずれて主題歌と言うのも??に思ってしまう。
なを、国家総動員法は翌昭和13年に発令されている、法律が発令される前に国家総動員と言う言葉が出来上がっていたのか。
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えー!な話
江戸時代が好きでずっとブラタモリを見ている、きのうは川越、江戸時代の町並みが残っている、なんでも川越大火で丸焼けになった後、江戸の大工が来て町並みを作ったとのこと、江戸京橋の江戸時代の町並みにそっくり。
喜多院と言うお寺に江戸城の一部を移築した建物がある、徳川家光の誕生の間、春日の局の化粧の間など。
そして本題のえー!な話、家光専用の便所、畳敷きの部屋の真ん中に木枠の穴が置かれている、家光様がそれをなさる時は四隅にお小姓が鎮座し、床下では樽を持った小姓がものを受け取る、上の小姓は敵から守る為、下で受けたものはその日の健康状態をチェックする為のもの。
毎日おとなしいものであれば良いが、たまには下痢もあるだろう、自分なども経験しているが駆け込んだ時など、それはもう爆発、こんな時は手や顔にもかかるのではないだろうか、中々辛い務めでもある。
御姫様の場合も同じことなのか大きな疑問、知っている人が居たら教えて欲しい。
タモリ曰くこの状態ではたして出来るものなのか。
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風呂完成
16日〜19日の4日間風呂無し生活だったが19日の午後完成、まさに一番風呂に飛び込んだ、若干湯船が広くなった感じ、すぐ乾く床、壁は目地なし、節水シワー、天井カワックと随分変わった。
それと今後おそらく必要になると思う、手すり、入る時と立ち上がる時に楽なように出来ている。

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中国地方の子守唄
「ねんねこしゃっしゃりまーせ 寝た子の可愛さ」の唄い出しで知られる中国地方の子守唄。
またホームページの名簿に上野耐之、城多又兵衛の2名を追加すべく経歴を調べたら上野耐之については経歴を知ることのできるサイトが見つかった、それによると
「上野耐之は、後月郡高屋村(現在の井原市高屋町)に生まれ、音楽家になることを目指し上京する。昭和3年、恩師である作曲家の山田耕作に幼い頃母よりずっと聞かされていた子守唄を披露したところ、山田耕作がとても感激し、編曲して「中国地方の子守唄」として発表した。この子守唄は、耐之がクリスチャンであったため賛美歌風になっていて現在も「元歌保存会」によって歌い継がれている。」
両名ともクラシック歌手で城多又兵衛は昭和5年「黒潮の唄」、上野耐之は昭和9年「浮世坂」を吹き込んでいる。

ホームページの音盤芸術家名簿に追加して欲しい人物が居るようでしたら経歴をお知らせください。
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大田牛一
昨日NHKテレビで大田牛一を取り上げていた、恥ずかしながら「信長公記」の著者と初めて知った、解説を聞いていると大田牛一の性格からして「信長公記」は誇張も無く真実に近い信頼し得るものであり、書くに当たっての努力は惜しまず、信長の最後などは後々侍女から直接聞き取りして「是非に及ばず」の最後の言葉を聞き出したと言うこと、「信長公記」以外にも多くの書物を残しているが、80代まで長生きし最後まで書物に対する意欲は衰えなかった。
現代の子孫の人が「信長公記」の写本を所持していてその現物も映していたが、常々思うのだが昔の人ってどうしてあんなに皆がみんな達筆なのだろう。
今の書き手はパソコンに頼って段々書くことに疎かになっているのではないだろうか、手書きしたとしても最後は活字になるのだから手書き文字が世に出ることは無い。
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風呂工事
今の家を建ててから25年、うちの風呂はまだ綺麗だけど、建築会社の営業マンが住まいの定期点検に来た時、消費税が上がる前にと勧められ、風呂の取り換え工事を契約し、昨日から工事が始まった。
近所の人から「大きな音で家が壊れるんじゃないか思うほど心配した」言われていたが、全くそのとおり、ドーンドーン、ガリガリ物凄い音で家の取り壊し工事みたい、犬がビビッてしまい今朝はストレスで下痢ぎみ。
4日間、風呂に入れないのが辛い、風呂工事は夏にするもんじゃないで、全く。
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多蛾谷素一
拙作ホームページの音盤芸術家名簿に「浅草行進曲」「ザッツオーケー」の作詞者、多蛾谷素一を追加すべく調べていたら「広島文学資料室 畑 耕一」のホームページに出くわした。
http://www.library.city.hiroshima.jp/hatakoichi/index.html
多蛾谷素一は作詞者としてのペンネームであり、本名の「畑 耕一」の方が小説家、劇作家、評論家として多くの功績を世に残している。

「ザッツオーケー」はヒット曲でしたが、歌詞の中に「おもいいでくる」と言う変な言い回しが有り、後に藤浦洸が書籍の中で本当は「想い出作る」の所、間違った歌詞のプリントを歌手に渡し、そのまま吹き込んでしまったことによる手違いが生じた結果であるとのこと。
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菜園
庭は樹木が陰になり、しかも半日しか日が当たらない、今年から屋上が広いのでそちらでと思ったが水道が無く、足が悪くプランターを持ち上げるのがしんどいので、二階のベランダで野菜を育てることにした。
胡瓜、茄子、ピーマン、西瓜、南瓜それに蔓無しいんげんを数本、胡瓜は今まで5本収穫したが買わずに済ますには苗は5株は必要だ、いんげん豆は種から育てたので10本近く有り、現在毎日収穫している。
西瓜は2階までは蜂が来ないので手で交配してやらなければならず、実効できたのは1つのみ、現在野球のボール大に育っている。



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庭木
太極拳に来ている老人(80歳をちょっ超えた)の話、「自分はまだ達者だけれど終末が近くなって庭木の剪定もままならなくなると困るので、動けるうちにと全ての庭木を切り倒した」。
昨日テレビで空家問題を取り上げていたが、何年も住んでいない空家に久しぶりに訪れた主人が雨漏りの跡を見つけた、ベランダに出て見るとたくさんの梅の実が落ちて雨樋を塞いでいる、主人の話では以前来た時、庭木を剪定したと言うことだが、切った枝はそのまま放置している、虫がわくだろうし、放火されたら大変だ、また実のなる木は落ちて腐って悪臭を発し近所迷惑するし、雨樋に落ちれば雨漏りの原因にもなる。
自分も田舎に空家を抱えているし他人事では無い、自然の生命力は旺盛で手入れしない土地は自然に帰ろうとする、放っておくと鳥が運んだ種が成長して林を作って山に帰って行く。
政府も空き家対策に取り掛かっているが、これから人口も減って行くばかりなので空き家は今以上に増えて行くだろう。
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三部作
「旅の夜風」「湯の町エレジー」「君の名は」のように最初大ヒットした曲はえてしてシリーズ化で続きが出て第何部作などと呼ばれる、これらのシリーズ曲はある程度短い間に次々と発売されるのであるが、以下に示す曲は戦前にヒットした曲のシリーズ盤が戦後に発売された三部作、残念ながら最初の曲ほどヒットはしなかった。

涙の三人旅  S12 音丸、霧島昇、二葉あき子  江口夜詩 
流れの三人旅 S27 青木光一、山田陽子、若山彰 八洲秀章
嘆きの三人旅 S27 青木光一、山田陽子、若山彰 上原げんと

高原の旅愁  S15 伊藤久男 八洲秀章
高原の旅情  S25 伊藤久男 八洲秀章
高原の悲歌  S26 伊藤久男 八洲秀章
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入梅
8日関東甲信越地方が梅雨入りした、関西はどうなのだろう?、今朝も雨が降ったので梅雨入りしたのか?
梅雨で毎日うっとうしいのも困るが、日照り続きでもこれまた困る、毎日の水やりがしんどい、一番有り難いのは夜さっと降って朝には止むといった状態そうすれば水やりしなくて済むのでとてもありがたい。
動物を飼っていると旅行もできないと言うが、花や野菜を植えていると旅行などできそうもない、一日欠かすと全滅してしまう、犬の場合はホテルに預ける手もあるが植物はそうも行かない。
今年は例年のミニトマト、じゃがいも、いんげん、サラダ菜に加え、胡瓜、ピーマン、西瓜、茄子と色々植えたので大変だ。
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目が有る?
藤棚の枝を誘引して開花時に窓から見れるようにした、今年は良く開花して長く垂れ下がった花が観賞できた、6月になって枝が繁りだすと、全部が家の壁の方に向かって伸びて来る、動物のように目が無いのにどうして目指す方向につかまる物が有るとわかるのだろう、蔓性植物全般に言えることだが目に似た機能が有るのだろうか?



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久しぶりに
2月の寒い時に毎日通った放射線科の病院へ3ケ月振りに行って来た、昨日は快晴の気持ちの良い日で、この道をダウンコートの襟を立てて通った時が懐かしい、駅に早く着きすぎたので川岸の遊歩道を歩いて都島橋のサイゼリアで500円のランチにドリンクバーで昼食して1時間ばかり時間つぶしをした。
検査結果はPSA値が0.96と順調に下がっているので一先ず安心、この病は3ケ月毎に検査で様子を見ながら一生付き合って行かなくてはならない、これも長い人生の内の一つの運命。
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クリーニング
以前歯肉炎がひどくなりやむなく歯医者にかかったが、その時3ケ月毎のクリーニングを勧められ以降継続して5年目になる、奥歯を4本失ったが残りの24本は何とか持ちこたえている、これもクリーニングのおかげか。
テレビで80歳超えて20本以上有る人はとても健康だと言っていた、歯は健康のバロメータと言うことらしい。
今日は朝は入念に磨いて、昼食後も磨いてから行ったが検査では50%しか磨けていない。
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