2016.10.31 Monday

前回の登山でせっかく減った体重が戻ってきた。
今日は歩く積りで朝からリュックサック用意した、それを見ていた「まあや」が急に張り切りだした。
前回の登山に連れて行ったのがよほど気に入ったのか後をついて離れない、電車で行く予定だったが犬は乗れない、しかたないので行く先を変えて駐車場が有る有馬富士に行くことにした。
パークセンターに着いたのが9時半、車を停めていざ出発、福島池は水が干されわずかに残った水面に2羽のシラサギと数羽の鴨が餌を探している。
有馬富士の頂上には何回も登っているので、山越えで風のミュージアムに行くことにした、実は以前「まあや」を連れて一度トライしたのだが、小山をいくつも越えなくてはならず、途中で引き返したことが有った。
今回は必ず踏破するつもりでリベンジした、千丈寺湖畔の風のミュージアムに着いたのが11時半、とても広い芝生広場が有り、赤ちゃんを抱いた若い夫婦が芝生を歩いていた、それとおっさんがグライダーを飛ばしていた、広い芝生にこの2組のみ。
少し早いが芝生に座っておにぎりで昼食、「まあや」にはチーズパンを与えた、しばらく休憩。
幾度も昇り下りする元来た道を引き返えすにはうんざりするが、気を取り直してパークセンターを目指す、13時半パークセンター到着、14時に帰宅、ここまでの歩数23432、2万超えは久々。

風のミュージアム

2016.10.29 Saturday

今年も家の裏の街路樹が色づいた。
住宅地が開発された時、街路樹として南京ハゼがメイン道路の両脇に1000本近く植えられた、30年経った今では屋根より高い大木に育っている。
夏は日光を遮り涼しく、冬は葉を落として陽射しを通し、その面では南京ハゼは街路樹として有り難い木だが、ただ初冬に全部葉を落とすので毎日の掃除が大変なだけ。

毎年行われる自治会の総会の時、毎回のように南京ハゼにケチを付ける住民が居て、曰く「近くの住宅地では桜が植えられて綺麗なのに、こちらの南京ハゼでは見劣りする、桜に植え替えて欲しい」だって、お前アホか!!、毎年毎年同じ質問を。
大木になった南京ハゼを全部抜いて桜に植え替えるのにどの位お金がかかるか、とても自治会の預金では間に合わない、お前が全部出すと言うなら話は別だが。
いい歳こいてこんなバカがいる、しかも一人や二人では無い、ホント自治会の運営はこんなバカどもを相手にとっても難しい。

2016.10.24 Monday

今日は快晴、まあやを連れて千丈寺山(590m)に登って来た。
登山口のてんぐの森の駐車場に着いたのが10時30分、1台の軽自動車が駐車していた、この時丁度4人のおばさんクルーが出発するところ。
準備を整えてしばらくしてから出発した、途中で休憩中のおばさんクルーに追いついた、「なんて名前なの?」と尋ねたから「まあや」と答えたら、途中抜きつ抜かれつする都度「まあや頑張れ」と励ましてくれる。
木道のキツイ坂を登りつめると今度は滑り落ちそうな急斜面、木に掴まってあえぎながら11時50分頂上に到着、ここから少し下ったところに有る見晴らし台まで行って途中のコンビニで買った巻き寿司で昼食、しばし休憩、頂上に戻ってみるとおばさん連中が昼食後の休憩中。
ここから元来た道を引き返して13時30分駐車場に帰着、汗で濡れた肌着を着替える、14時に帰宅。
10日前の体重から1.5Kg減っていた、そう言えば気のせいか腹回りがスッキリしたような。




2016.10.22 Saturday

ボウリング対戦ゲームは新チームになってから3回目、依然として低アベレージに喘いでいる。
それはさておき、以前から気になっていたのが、我々のチームの後ろに毎回欠かさず、サングラスのいかつい年寄りの男がが立って見ている、ゲームする様子も無く。
我がチームは女性のAさんBさんと自分の3人で、そのBさんが時々その男に指導を受けているみたい、はじめは夫婦かなと思っていたのだが、どうもそうではない様子、Aさんに聞いて見たら「私も夫婦かなと思っていた」と言う、Bさんは50代でくだんの男は70代、どうも夫婦ではないらしい。
1年前からやっているベテランの知り合い聞いて見たら以前から来ているらしい、やはりみんなに気持ち悪がられているようだ。
先日Bさんが用事が有ると言って早く帰ってしまった、するとAさんが「あの人今度は美人のSさんの所へ行って見ている」とのこと、SさんもBさんも同じく若いし美人の部類、これはだだ助平なだけか。
人の所為にするのもなんだが、アベレージが悪いのは、あの男の所為か、どうでんいいけど毎回は遠慮願いたい、気になって仕方がない。

2016.10.21 Friday

突然携帯がビービーと鳴り出した、強い揺れに注意してくださいとメッセージ、このところ誤報が多かったので一瞬躊躇したが、直ぐにガタガタと強い揺れが来た、思わず外に飛び出した。
14時7分、鳥取倉吉地方を震源とする震度6弱の強い地震が発生した。
岡山県鏡野町が震度5とテレビで放送していたので、津山の妹に電話したら震度4だったとのこと、ひと安心。
昔から岡山県は地震が無いと言われてきたが、今回は鳥取の南部で岡山県寄りだったので鳥取県と接している勝山市、鏡野町に影響したのか。

2016.10.21 Friday

今年の積雪のあった日、嫁が新聞を取りに玄関を出た時、滑ってひっくり返って腰を強打した、未だに腰痛に悩まされている。
また冬を控えて、二度と転ばないように手すりを付けることにした、悪徳業者にとんでもない工事をされたと人づてによく聞いていたので、少々高くてもと住宅メーカーに依頼した、新聞広告の工務店の値段の倍近くしたが何より安心が第一。
またこれから段々歳を取り耄碌すると必要になるだろうと、ついでに室内の壁にも手すりをつけて貰った、ヤレヤレ!! 歳を取ると色々金が掛かる。

2016.10.19 Wednesday

加藤 勊のデビュー曲。
昭和12年にコロムビア新人コンクールが函館で開催され入賞する、この時の審査員の江口夜詩に認められ彼の作曲による「あゝ青春の花の色」でデビューした、デビュー時の写真をみると丸刈りで少年歌手と言うことだが、声はすでに大人のもの。
彼の歌手期間は非常に短く2年後の昭和15年の「夢よいずこ」を最後に姿を消している、いったい何があったのだろうか?
レコード業界ではデビューはしたものの泣かず飛ばずで2、3年で姿を消す歌手は掃いて捨てる程いるが、彼の場合は将来を嘱望されてたように思えるが...
加藤 勊の音源を初めて聴いたのはラジオで放送された「旅情の歌」で、それまで存在すら知らなかった、後に全9曲を収集した。

2016.10.17 Monday

土日の2日間、地元の八幡様の秋祭りがあったので、まあやを連れて観に行って来た。
随分前に子供が小さい頃、一度行ったことが有ったが本当に久しぶり。
村の各地区に一台づつ山車が有り、それが一斉に八幡様に集まりその後村中を練り歩く、この日の国道は山車が通り過ぎるまで車をを止めてしまうので、買い物帰りに巻き込まれて正直迷惑していたが、最近バイパス道路が完成してその心配がなくなった。
出店も出ていたが八幡宮前は元々狭い道路なので出店は10軒ほど、それでも祭り客は綿菓子などを買い求めていた。

2016.10.15 Saturday

天空の城の竹田城はまだ行った事が無いが、竹田城の近くに黒井城(保月城)と言うこれまた天空の城が有るのを知って、何時か行ってみたいと思いつつ今日まで来たが、今日は快晴と聞き思い立って出かけることにした。
朝の8時に家を出て、舞鶴自動車道の春日インターで降りて黒井駅を目指す、あらかじめGoogle streetで確認しておいたので迷わず登山口の駐車場に到着。
車を止めて頂上を目指す、歩き始めて直ぐに上から降りて来る何組かの人に出くわす、朝早いのに不思議に思っていたら、ピンと来た舞鶴自動車道の春日インターの近くに来た時、下界は一面の雲海だった、この人たちは頂上から雲海を見るために朝早くから登っていたのだ。
そんなことは知らないものだから、頂上に着いた時は霧は晴れて残念ながら雲海は見られず終い。
標高356mの頂上に着くと本丸跡に保月城の石碑が有り、360度さえぎるものは無し快晴の空の下素晴らしい眺めです。
この城は竹田城よりずっとコンパクトで、石垣も残っているが小さくてごくこじんまりしたもの、本丸跡の敷地もそう大きくは無い。
この城の城主は丹波の猛将と言われた赤井直正、明智光秀に攻められ落城した、その後光秀の重臣、春日の局の父斎藤利三が城主となる、春日の局の里と看板が出ていたので彼女はこの地で生まれたのだろう。
登っている時に頭に浮かんだのは、攻撃側の明智光秀の軍勢は、急峻な山道に苦労したのだろうと言うこと、自分は頂上に着くまで疲れ切ってしまったが、兵は頂上に着いても合戦が待っている、途中で敵の伏兵に襲撃されるかも、昔の兵は随分と体力があったのだろう。




2016.10.10 Monday

20年ほど前、宝塚のあいあいパークに春霞と言うつるバラが売られていたのを購入した、蔓を這わす為に必要だろうとホームセンターで2x4の木材を購入し木製のパーゴラを作った、塚石の上に足を立てていたのだが10年経って下の方が腐って鋸で切り詰めてから、この頃又傾いて来た、調べて見るとやはり足が腐っていた。
またパーゴラの背面には目隠しにとラテスを貼っていたのだがこれもボロボロに腐って見苦しい。
今朝ホームセンターにラテスと木材を買いに走って、一日掛かって修理した。
これで後10年はもつかな?、その頃はもう修理出来ないだろうが...

大きく育ったバラの根元を見ると木屑が出ている、調べて見ると穴が開いている、紅葉に続いてバラにもテッポウムシが入り込んだようだ、せっかくパーゴラを修理したのに肝心のバラが枯れてしまうかも。

2016.10.09 Sunday

先月に母の法要で帰省した時、あまりにも暑さに何もせず寺から直接帰った、一月振り7日の金曜日に墓参りと実家の片付けに帰省して来た。
台風18号が日本海を通過し、被害が出ていないか心配していたが、幸い広戸風は起こらず被害は無し。
菜菜茶屋に寄って花と昼食の弁当を買って、実家には寄らず直接墓に行った、妹が時々掃除してくれているので雑草も無く、花を供えるのみで皆の無事を報告した。
実家の片付けはまだまだでガラクタが多く、戸棚の下がネズミに喰い荒らされてボロボロ、木製の箱などを庭先で焼却し、相当のゴミ袋が出来て、午後から手伝いに来てくれた妹に持って帰って貰った。
2年前に家の裏の防風林のぐみの木が通学路にはみ出て苦情が出た時、根元から伐採したが、また相当高く成長していたので同じく伐採した、今度からは植木屋を頼まなくてはならないだろう、実家を持ち続けると言う事は色んな経費が掛かる。

2016.10.05 Wednesday

今年は東工大の大隅教授がノーベル医学生理学賞を受賞した、これで日本人は3年連続受賞となる。
中国はなぜ日本人ばかり受賞するのかいぶかしんでいるようだ、この国は何かにつけ日本に敵対的にしか対応できない、また韓国ではネットに「悪口ばかり言ってないで我が国も努力しなくては」とのネット書き込みがあったそうな、この国にも良識な人物がいるものだ、ひょっとしたら日本の悪口を言って攻撃ばかりしている連中の方が一部なのかも。

2016.10.04 Tuesday

落葉しぐれ S11 POL 島田馨也作詞 阿部武雄作曲 上原 敏唄
落葉しぐれ S28 VIC 吉川静夫作詞 吉田 正作曲 三浦洸一唄

「落葉しぐれ」と言えば大抵の人が三浦洸一と言う、こちらは歌詞の中で「流れのギター弾き」と歌われているように現代物だが、上原敏のは股旅時代物か?、このレコードは彼のデビューした年に吹き込みされた、彼の最初のヒット曲「妻恋道中」は翌年の昭和12年だから、落葉しぐれはヒット曲とはならなかった、よほどの通でないかぎり知っている人は少ないだろう。
三浦洸一の「落葉しぐれ」は自分も大好きでカラオケでも得意とする歌だが、上原敏もこれまた彼特有の節回しで上手く歌いこなしている、島馨の詩もひとり旅のわびしさが良く出ていて趣が有る。

旅の風なら 冷たかろ
すがる情けも 突き放す
ままよ野ざらし 野の煙り
落葉しぐれの ひとり旅

今年も既に10月、そろそろ落ち葉の季節、今日も家の前の鋪道に我が家のしだれ桃の落ち葉が降り積もって朝早く落ち葉かきをした、これも序の口で秋が深まるにつれ街路樹の南京ハゼがどっさりと落ち葉になる、毎日のように掃除しなくてはならない。

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