2017.07.24 Monday

夢よもういちど 二葉あき子 S23 西条八十作詞 古賀政男作曲

新東宝映画「夢よもういちど」の主題歌として「愛の灯影」とカップリングで発売されヒットした。
映画の主役は上原兼、お相手は高杉早苗。
その高杉早苗だが三代目市川段四郎の夫人で三代目市川猿之助の母親にあたる。
この市川猿之助は昨今テレビを賑わした別れた妻の子、香川照之の件が記憶に新しい。
高杉早苗は昭和13年の松竹大船映画「蛍の光」で高峰三枝子、桑野通子と共晶でレコード吹き込みしている、またそれ以前の昭和11年にポリドールから「夕陽の丘」を吹き込みしている、この音源を聴いて見ると下手とは言わないがあまり上手くも無い。
二葉あき子は戦後もヒット曲に恵まれて「別れても」「夜のプラットホーム」「フランチェスカの鐘」「バラのルンバ」「恋の曼珠沙華」を世に出している。
「○○よもう一度」とはなんか意味深なフレーズ、結婚に失敗した人、人生をやり直したい人は「青春よもう一度」だろうし、さしずめ自分は望んでも叶いそうもない「髪よもう一度」。

2017.07.22 Saturday

このところボウリングのアベレージが落ちたので、職員に勧められてレッスンを受けて来た。
スペアが取れなかったのは立つ位置が悪いのとボールを放っていたこと、修正すると7ピンが取れるようになった。
力みすぎないようにゆったり投げるとストライクが取れやすい、何もかもネット上でプロが言っていることだが出来ていなかった、直接指導されると修正が早い。
現時点では良く解っているが、何かつまづくとまた乱れてしまうかもしれない。

2017.07.21 Friday

おめでとうございます、ピロリ菌が消えました、良かったですね。!
今日ピロリ菌駆除治療の結果を聞きに病院へ行ったら開口一番、先生から告げられた。
おそらく子供の頃の川遊びで感染したであろうから、相当長期間胃の中で飼っていたことになる。
40代の頃会社の近くの病院で胃カメラ検査をした時ピロリ菌がいますと告げられたが、その時は保険適用外だったため放って置いた、昨今ピロリ菌が胃がんリスクと言われ、保険適用になったので対処しようと2年前T病院で胃カメラ検査を受けた、その医者がピロリ菌は居ないと言ったのでずっと飲み続けたLG21のせいでいなくなったのかと思っていた。
今年に入って行きつけの糖尿病医院の定期健診で検便が陽性になったので、K病院で胃カメラ検査を受けた、その結果ピロリ菌が居ると判明し駆除治療をした。
それにしてもT病院のいい加減さには腹が立つ、おまけにその医者の口の聞き方が横柄で不愛想、もう2度と行くもんか怒り、それに比べてK病院の先生の愛想の良い事、病院の医者ってこうも違うものか!

2017.07.19 Wednesday

フィットネスを始めて涼しい環境で運動出来るので炎天下で歩くのが辛く、犬の散歩も涼しい朝5時にして、このところ横着して歩数が少なくなった。
連休最終日は少し曇り空なので久しぶりに福知山線廃線を歩いて来た、まだ暑く無い春先には犬愛犬まあやと一緒に第一トンネルまでは数回か来たが、武田尾まで歩くのは久し振り。
今年の春に改修工事が終了した時には大挙して押しかけ大混雑だったが、平日の夏休み前のこの日はハイカーもまばら、木漏れ日の中を歩くのでそんなに暑くは無い、トンネルの中はずいぶん涼しい。
終点の桜の園で赤飯のおにぎりとたくあんで昼食してたら後から来た老人クラブのハイカー集団に囲まれてしまった。しょんぼり
汗びっしょりで帰り着き風呂に飛び込んだ。

武庫川に架かる鉄橋、手すりが整備された。

2017.07.18 Tuesday

春先に植えたトマトが7月に入って少しづつ収穫でき出した。
ホームセンターで売られていた苗は中玉トマトとしてあったが中玉にしては大きい、食べてみると結構甘い、来年も同じ苗を植えたいが品種が解らないので選びようがない、たいてい「桃太郎」とか品種が表示しているが買った苗は中玉としているのみで名前は無かった。
去年までは「アイコ」「千成」などのミニトマトオンリーだったが皮が硬くておいしくない、それで今年は中玉トマトにしたのが良かった。




2017.07.17 Monday

春先にフラスクールに依頼があって、花火大会のプログラムに出場することになり、自分もバック演奏で昨日行って来た。
どうやら梅雨明けしたらしいので、炎天下での演技が心配されたが、1時間前あたりから雨がパラパラ風も強く雲行きが怪しい、幸い本番では止んで無事に終えることが出来た。
花火は全てのプログラムが終了した後20時から始められた、真上に打ち上げられるものだから迫力満点、花火をこんなに近くで見るのは初めて、そもそも花火大会なんて今まで行ったことも無い、高校生の頃、部活の帰りに先輩と二人で河原で見たのが最初、それも打ち上げ場所より少し離れていた。
主催は三田市の奥まった地区で、この行事は毎年行われているらしいが、花火大会って結構お金がかかると思う、経費は全て募金らしいが資金集めも大変だろう。
毎年盛況だった宝塚花火大会は財政難か、本年度は中止が決まり今年は寂しい夏になりそうだ。

2017.07.08 Saturday

朝はどこから 岡本敦郎、安西愛子 S21 森まさる作詞 橋本国彦作曲

今日の新聞の訃報欄に彼女の名前が載っているのが目に入った、驚いたのは100歳という年齢、日本人の寿命が延びていることを実感させられる。
「朝はどこから」は去年の老人クラブでのボランティアで歌った時、「安西愛子さんはNHK歌のおばさんで活躍され後に国会議員になった人です」と紹介したことがある。
調べて見たら昭和18年の「なでしこの歌」を皮切りに昭和35年までに30数曲吹き込みしている、童謡歌手としても有名なので吹き込みはもっと多いだろう。
彼女の「私のドラゴンズ」と言う曲は曲名の通り中日ドラゴンズの初代球団歌で中日新聞が一般公募した詩に古関裕而が曲をつけた3拍子のワルツで、阪神の「六甲颪」、巨人の「闘魂こめて」のように颯爽としたメロディに比べ、およそ応援歌らしからぬ清らかな曲に仕上がっている。

2017.07.05 Wednesday

この日曜日から大相撲七月場所が始まる、稀勢の里は出場するのだろうか?

自分は子供の頃相撲好きで、その当時は栃若時代でラジオにかじりついてメチャ興奮しながら聴いていた。
相撲漫画も良く読んだもので、歴代横綱一覧で初代が明石志賀之助だとその時分覚えた、その中で記憶に残っている力士物語に大空武左衛門物語がある、この力士は身長227cmで生月鯨太左衛門に次ぐ2番目の高身長力士だった、物語の内容はぼんやりとしか思い出されないが、ひょろっとした細身で足長、相撲には不向きで見世物的な力士であったそうな、江戸市民も相撲が大好きで多くの錦絵なども出版されていた。
その他、当時の相撲漫画で取り上げられていた力士は、谷風梶之助と小野川喜三郎のライバル、陣幕久五郎と鬼面山谷五郎、稲妻雷五郎等々、強すぎて横綱になれなかった雷電爲右エ門、何と言ってもこの力士が一番絵になる。

このように江戸時代の力士名はなんかとっても重みが有りカッコイイ、昨今の力士名は種が尽きたのかセンスも無く笑っちゃいそうなものもある。

2017.07.02 Sunday

暫く雨が降り続いたのでやぶ蚊が大発生したみたい、庭に出ていると大群で襲って来る。
ここは元々山だったので蚊の種類はやぶ蚊のヒトスジシマカ、自分の育った田舎ではアカイエカだった、やぶ蚊はそのものズバリ竹藪に生息していた、刺された時はやぶ蚊の方がきつかった。
子供の時は蚊帳を吊って、入る時はうちわで扇いで素早く潜り込んだ、今年家をかたづけた時、ボロボロになったその蚊帳が出て来た。
ヒトスジシマカはデング熱、ジカ熱を媒介するので刺されると危険。
家の周りに水たまりが無いよう気を付けているのだがどうしても発生してしまう。
一つうつ手がバケツに水を汲んで置き、そこにわざと産卵させボウフラになった時、道路に撒いて殺してしまう、去年あたりから実践している。
ウイルスとかばい菌とかこの世に無くても良さそうなものは絶滅しても良いのだが、どっこい奴らも進化して生き延びる、神様はなぜこんなものを作り出したのか?

2017.07.01 Saturday

知るや男の純情を S27 TEI 田端義夫 松阪直美作詞 倉若晴生作曲

昭和14年にボリドールから発売された北廉太郎の「男の行く道」の異題曲。
歌詞はそのままで題名を歌詞の最後のフレーズから拝借した珍しいケース。
片面も同じく北廉太郎の「出船の唄」の異題曲「別れ桟橋」。
さすがバタヤン、両曲とも全く自分のものにしている。
「男の行く道」をなつめろ会で歌ったことがあるが司会者を含め殆どの会員が知らなかった。

バタヤンもこの年あたりからヒット曲が出なくなり「肩で風切るマドロスさん」「浅間の鴉」「舞妓物語」など小ヒットのみで昭和30年の「親子舟唄」を最後にレコード会社を移籍したり試みたが永い低迷期が続いた、そして昭和37年の「島育ち」で奇跡のカムバックを果たすことになる。

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