ぶろぐろじん

懐メロのこと、その他日常の出来事などつぶやきたい時に発信して行きたいと思います。
神楽坂浮子
また昭和前期の流行歌手が亡くなりました、今年の夏頃テレビの「あの人は今」様な番組で未だに芸者をしている神楽坂浮子が紹介されていましたが、彼女の姿を見るのもそれが最後となりました。
デビュー曲の「十九の春」しかヒットはありませんが、子供の頃にテレビで見た時、とても綺麗な(可愛いらしいと言った方が適切)人だと記憶しています。
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さなぎ発見
山椒の木に一匹を残して消えてしまった、アゲハ蝶のさなぎを見つけた。
一匹はシャッターにもう一匹は空いた鉢の内側に鎮座していました、もう一匹もどこかでさなぎになっていると思うがいくら捜しても見つからない、このまま冬を越して春には羽ばたいてほしい。
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例会
昨日は関西ナツメロクラブの第154回の例会でした。
今回は新加入は有りませんでしたが総勢35名で久し振りに見る顔も有り楽しい時間を過ごすことができました。
人数が多いので第1部を2番までとしましたが途中で切ってしまうことになりフルコーラスに比べて味気ないものになってしまいました。
30分早く始めれば問題ないのですが色々反対も出るようだし困ったものだ。
ここ1年での新加入が多く半数近くは顔ぶれが変わってしまいました。

私は替え歌の方が有名な次の2曲を元歌で唄いました。
南洋航路 新田八郎 (ラバウル小唄)
戦友の唄 樋口静雄 (同期の桜)
世に出回っているカラオケは何れも替え歌の方ですが、どちらも楽譜を打ち込んでの自主制作です。
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秋の味覚
11月はじめに知り合いからたくさんの渋柿をいただいたので、半分は焼酎による渋抜きに、残り半分はつるし柿にした。
渋抜きの方は渋が抜けた頃には軟らかく熟してしまい全部捨ててしまった、市販されている柿は同じ焼酎による渋抜きなのに硬いまま渋が抜けているのに、何が違ったのか?
つるし柿の方は上手く行って今丁度食べごろで既に半分はたいらげた。
昨日は田舎の妹からゆずを貰ったので例年のごとくゆずマーマレードを作った、こちらは手馴れたものでうまくいった、早速今朝の食パンはオンザマーマレード。

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専用コンセント
エアコンの専用コンセントが無い件は建築メーカーが折れてくれ小額で付けてくれることになった、さすが大企業はユーザーに親切だ。
今日その工事に来てくれたのだが、1階と2階の天井に穴を開け一日要した、又日を改めて本番の工事をするそうだから、工事代金が高いのもうなずける。
エアコンの専用コンセントが無い家は全国に相当数あると思うが、貸家などでは家主の同意がいるので大変だろう。
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アゲハチョウ
鉢植えのさんしょの木に、アゲハチョウが卵を産みつけ、5匹の幼虫が育った、10月に入り一番大きいのが消えてしまった、ひょっとしてすずめ蜂にやられたのかと思い、サンルームに取り込んで育てることにした、しかし11月になると大きい順に一匹づつ消えて、とうとう一番小さい一匹になってしまった、この時点で食用の葉っぱは食べつくして全く無く、寒さも段々厳しくなってきた、昨日あたりからじっとして動かなくなって今日見ると体を九の字にしているので、これはさなぎになる状態ではないか、さなぎになってしまえば食事もいらず冬も越せるのでやっと一安心。
それにしても忽然と消えた残りの4匹は何処に行ったのだろう、2番目に小さいのが廊下を這っていたのを見かけたがすぐに消えてしまった、壁や天井を見ても見当たらない、きっとこんな所にといったとんでもない所でさなぎになっているのだろう、同じ木に何匹もさなぎになると外敵に見つけられやすいのでそれぞれ別の場所でさなぎになるのか、まこと自然の摂理に感心してしまう。
来年の春になるとサンルームでアゲハチョウが飛ぶのを楽しみにしておこう。




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小富士
日本各地に○○富士と名の付く山が数多くあるが、兵庫県三田市には有馬富士と云う小富士がある、標高は374mと低いが一応独峰で富士山に似ている。
先日近所の奥さん連中からハイキングのお誘いを受け朝から弁当を作って待っていたらメンバーが頭が痛いと言うことで中止になった、せっかく弁当を作ったので以前犬と行った有馬富士にまた犬を連れて行った、平日でもあり人出はほとんど無いが老人夫婦がチラホラ散歩をしていた、池の水は抜かれていたので夏には居た鴨も見当たらない、有馬富士の麓の芝生で朝作った弁当を広げた、おかずは梅干とたくあんのみだが久し振りに旨かった、おにぎりの米は1Kg1000円もする「龍の瞳」と云う高級米でもち米のようなねばりがありとても旨い。
犬を放してやったら喜んで思い切り走ってご満悦。

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スパム
掲示板ではスパムに悩まされたのでブログにしたわけだが、掲示板のようにはスパムが無くなりました、たいていスパムはパソコンで自動的に発信しているのが多いが、このブログではスパム防止のため暗号を入力しなくてはならずそれがスパムを防いでいるようです、ただヴィトンを格安でとかのコマーシャル投稿が定期的に入り、それのIPを拒絶設定すると別のIPでやってくるとイタチごっこです、暗号を入力しなくてはならないので自動的な投稿ではないと思いますが、懲りずにやって来ます、直ぐに削除されるのにご苦労なこった、バカタレ!!
ブログは掲示板と違ってブロガーの記事に対するコメントとして投稿するのがマナーなのに関係ないコマーシャルなんかはマナー違反だ、と言っても通る相手ではないのだが....
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お千代さん
今日の夕刻突然の訃報、戦後の一時代を築いたお千代さんが亡くなった。
昭和30年「この世の花」でデヒューいきなり大ヒットと以降次々とヒットを重ね大歌手となった。
自分としてはデビューから3年の間の曲が特に好きだ、低音部を歌う時のチョットたよりないような歌い方が、かばってあげたいような、ちょっと口には言うには難しいような魅力があった、後の曲は泣き節を意識しすぎてオーバーになりがちで幾分魅力に劣るが、その中で昭和36年の「十国峠の白い花」は新鮮な魅力がある曲で好きだ。
世の常とは言え昭和前期の歌手が亡くなって行くのはとても寂しい。
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今年の漢字
レストランメニューの誤表示が果てもなく広がってきているが、末端の食堂も含めるととんでもない事になるのではないか、つまり全て疑ってかからなくてはならない。
レストランで食事する時、この肉は形成肉ではないだろうかと一々確認しなくてはならないとは、とんだことになったものだ。
誤表示、と言い訳しているが明らかに偽装そのもので、こんな人材が運営に加わっているのなら、それこそ総取替えしなくてはならないだろう。

私の田舎のやきそば屋の話をしよう。
この店のおばんはとてもケチで目の前で料理できるようになっているのだが、なぜか一旦奥に引っ込んでそば玉を用意してくる、人の話ではそば玉の何本かを抜いて集めて一食分をケチっているらしいとのこと。

と言うわけでまだ早いが今年の漢字は独断と偏見でに決定。

こうして何か話題を見つけてブログ更新しなくては訪問数に影響が有るんですよ。
更新した場合170台、更新無しの場合20台と大分違います、しかし毎日更新するのはとてもシンドイ、誰かこっそりメールで情報提供してくれれば有りがたいのだが、もちろん自分の記事として書きます。
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田中絹代
田中絹代ぶんか館なる施設が下関市にある、戦前からの大女優だからあっても不思議ではない、単独での女優の記念館としては全国初らしい。
http://kinuyo-bunka.jp/
この施設では「蓄音機で聴く昭和流行歌の歴史」と題したイベントが実施されている、次回が180回と言うから相当長いこと続いているようだ。
ここの名誉館長は直木賞作家の古川薫氏で彼が「つぶや記」をホームページにのせている、さすが文章は素人と違ってうまい、その中に気になる記事が、それは鎌倉の旧田中絹代邸が現在はあのお騒がせの「みのもんた邸」と言うこと、鎌倉市から指定された景観重要建築物をぶっ壊して悪趣味な家を建てたと古川先生嘆いておられるがとんでもないやつに買われたものだ。
田中絹代は女優でありながら流行歌の吹き込みもしている、お世辞にも上手いとは言えないがそれはそれで貴重なものである。
銀幕節  えくらんぶし と読みます
愛の紅椿 霧島昇とのデュエット
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専用コンセント
18年経ったエアコンを買い換えたのはよいが、業者が設置に来て「エアコン専用コンセントが無いので設置できません」と言う、確かに他の部屋には全てエアコンの近くに専用コンセントが付いている、この部屋だけ下のコンセントから繋いで今まで疑いもせずエアコンを運転していた、業者が言うには5年前に法律が制定されてエアコンは専用コンセントが必要になったとのこと。
なぜこの部屋には専用コンセントが無いのか、そこで昔の設計図を出して調べると、最初の設計図にはちゃんとエアコンの印が書かれていたが、こちら側の要望で押入れの位置をずらすことになり、修正された2度目の設計書からエアコンの印が抜け落ちている、明らかに設計担当のミスと思われるが、なにしろ20年前の事で住宅会社側では覚えている人がいない、でも世に知られたメーカーであるので、そこいらの業者にくらべて、無下に拒絶することはしないで話は聴いてくれた。

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