2016.07.09 Saturday

昨日のNHK歴史秘話ヒストリア、天空の城は備中松山城
天空の城ブームと言えば丹波の「竹田城」、この城も今でこそ観光客が大挙して押し寄せ石垣が崩れるほどだが、以前はほとんど知られていなかった、自分も娘が20数年前に小学校の遠足で訪れた時の記念写真を見て初めてその存在を知った。

備中松山城は臥牛連山の小松山(420m)の頂上に築かれ、展望所から望む雲海に浮かぶ姿は竹田城に劣らず素晴らしい。
このお城はその昔小学校の遠足で訪れたことがある、バスで高梁市まで行ってバス停から御城山の頂上目指して登った、城に着くとまず挟間の有る土塀が続く、そして大きな花崗岩の上に石垣が築かれ、頂上に天守閣が鎮座している、天守閣の中に入った記憶は無いが、2層の案外低い天守だったのが記憶に残っている。
この城を築いた城主の水谷氏、当時徳川幕府は安泰で「新しい城を築くのはまかりならぬ」とのお達しが出ていた、以前臥牛山にはさびれたお城は有ったが、お殿様はどうしても新しい城が欲しくてたまらず、新築では無く修築願いを出すとお許しが出て、やっと城持ち大名になれた、でも殿様は不便なお城では暮らさず麓の館で暮らしたそうな。
この水谷家は後に三代で跡継ぎが耐えてお家断絶の憂き目に遭う、幕府の命により城の受け取りに出かけたのが赤穂藩浅野家の家老大石内蔵助、まさか彼自身が後々同じ憂き目に遭うとはつゆ知らず。
何時か再び訪れようと思うが同じ岡山県にある実家が気にかかり、行きそびれている、老境になってから同じ山道を登ると小学生で登った時の記憶が甦るのではないだろうか。



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