2016.02.01 Monday

20代の頃、東京の会社の寮に入っていたことがあった、同僚に東北出身者がいてズーズー弁が気になった。
ある日の夕食の時、賄いのおばさんが「この人(東北)の言ってることは判るが、貴方の言ってることはさっぱり判らない」と言われた、東京には東北出身者は多くいるだろうし、自分のように岡山出身者などほんとに少ないのだろう、自分ではそう思わないが、相当ひどい訛りでしゃべっていたのだろう、思えば長いこと訛りが抜けなかったようだ。

このごろ亡くなった母親がしゃべっていた方言が時たま聞こえてくるような。

「あやもない さむうなったもんですけん、何にもしょうりゃーしません、炬燵のもーりばーしとります どがあこがあ ゆうても ええ歳ですけん」

コメント一覧

  • 自分は東京生まれですが、凄く田舎のある人が羨ましい時期がありました。東京は下町なので、「ひ」と「し」が言いにくく、彦根に行ったとき、大変苦労したことが思い出されます、
    お国訛りは通行手形などと言いましたが、無声映画からトーキーになった時、かなりの主演スターが脇にまわったと、聞いたことがあります。いまでは地方も都会とほとんど変わらなく、お国言葉も若い人は今ふうです。テレビ放送など昭和40頃、東京で見た「東京12チャンネルのなつかしの歌声」など、旅先の高知・足摺岬の旅館で何日か遅れで放送していました、岡山の瀬戸内は行ったことがあるのですが、山側の「津山・中国勝山・新見・蒜山高原・備中高梁」などこれから、出かけてみようと考えています。

    [くまさん] 2016/02/01 9:39 PM

  • 確かに現在は死語だろう、自分が子供の頃に明治生まれの老人が使っていたような。
    「へべす」----> 妹がしんちゃんにへべされた。
    「へべーす」と伸ばしていたかも
    「さいばる」-----> 余計な事をさいばりんさんな!!   

    [魯人] 2016/02/02 7:57 AM

  • 備中高梁がお勧めです。
    現在丹波の天空の城、竹田城が大変な人気ですが、備中高梁の松山城も同じく天空の城、自分は小学校の遠足で一度行ったきり、長い坂道を喘ぎながら登った、頂上の天守閣は意外と小さい2層構造だった気がする。
    江戸時代、城主の水谷家が断絶した時、城の受取りに向かったのが、あの大石内蔵助、皮肉にも後年自分がその憂き目に遭うとは。

    [魯人] 2016/02/02 8:10 AM

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