2013.06.07 Friday

私の生家の前に国道53号線が走っている、今では車がひっきりなしにビュンビュンと飛ばしているが、子供の頃昭和27、8年頃は地道で車はめったに通らない。
生家の前は丁度坂道になっていて冬に雪道が凍ったら大勢の子供が滑って遊んでいた。
夏にはその坂道をたくさんの木材を積んだ荷馬車が上って来る、生家の前あたりに来るとびっしょり汗をかいた馬がしんどくて立ち止まってしまう、それを御者が鞭で遠慮なくバシバシ叩いていた、子供心にも馬が可愛そうで腹が立った。
地道なので雨が降ればぬかるんで泥だらけになる、雪が降れば自転車にからまって動かなくなる、やがて高校生の頃にアスファルトになり自転車通学もうんと楽になった。
現在は道路幅も拡張されて立派な道路になったが夜中中、車の音に悩まされるのと、子供の頃の狭い地道の国道とはたしてどちらが良かったのか。

コメント一覧

  • 実家は酪農でしたからお手伝いは沢山ありました。
    夕方になると1人で乳牛を川に連れて行ったり、
    学校から帰ったら弟とティーラーで餌を刈りに行ったり・・
    (ティーラーの免許証は昭和の中頃からでしたね)
    母が隣町の実家へ娘(孫)を連れて行く時に牛糞が多くて、
    娘がぴょんぴょんと跳んで行ったとか。
    高校迄は12キロでしたが、県道はまだ舗装されていませんでした。
    雨の日も大変でしたが、雪の日は雪で動かなくなり、
    1キロ位の国道まで自転車を少しずつ運んでましたよ。
    県道に出れば車が通った道は鏡のようにピカピカ。
    今は畦道のような農道も、
    蜆や泥鰌を取りに行った川底までがコンクリーですね。
    那岐山も山肌が家から見えて格好悪いです。

    [ふるさと] 2013/06/07 8:59 AM

  • 確かに田んぼの畦道とか狐しか通らない山道など土建業者との癒着を疑いたくなるような無駄金を使っています。
    どこかの首長が「地方のことは地方にまかせろ」と言っていますが、金が入ればすぐ箱物を作りたがる地方政治家にまかしていたら夕張市のようにすぐ破綻してしまいます、地方に行けば行ったでどうしても業者との癒着があり精錬潔白な政治家もいずれ巻き込まれてしまいます。

    [魯人] 2013/06/07 2:02 PM

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